地域防災連絡会

今日は半休を取ろうと思ったが、結局、1日有給とったらの言葉に休んでしまいました。

昨日、夜中まで今日休むための準備をしたので、午前中は動けず、活動停止。。都議選応援行けずすいません。

午後は、お休みをいただいた目的の「地域防災連絡協議会」

慈恩寺中生が、避難訓練の延長で、住んでいる自治会の人からお話をということで、今年から防災委員長を拝命しているため、以下の資料を作成しました。

慈中生に聞いてみると、この地区で考えられる災害は?でしたが、「浸水、火災、地震」と出てきました。「竜巻(突風)」だけ付け加えてみました。しかし、1番の課題は、浸水・洪水ということで、小溝東自治会をピックアップした浸水マップと取り巻く水環境という資料を急いで作成しました。

2枚目

①豊春用水 ②上院落とし ③古隅田川 ④大落古利根川でした。

古隅田川は、わかるかなぁと思ったら、意外と全滅でした。もっと地域のことを知ってもらい、防災やお祭りと一緒にやっていきたいと思いました。また、いざ災害となれば、若い力を貸してくださいと締めくくりたいところでしたが、28日は期末試験、おじさんたちが長々話してしまったから、早く帰って勉強したくてたまらないね?頑張ってと締めましたw

その後は、防災用品の購入を、自治会長と、防災副院長と協議。見積書を取りに行き、活動終了しました。

今から、作業所ひなで必要となる「PL保険」の契約に熊谷へ行ってきます!

 


農業×福祉というカタチ

今、さいたま市岩槻区の作業所ひなで仕事をしています。

今後どういった形でサポートを続けられるかわかりませんが、この出会いは一生ものだと思っています。
ひなの活動をライフワークにします。

たとえ1週間に1日しか参加できなくなっても、何らかの形で関わっていこうと決意しています。
そのため、農作業支援の部門立ち上げを実は強引に行いました。

目的は、①自然とのふれあい ②体力向上 ③工賃アップ ④知識・技能の習得で就労へです。
メンバーの体調に合わせてやりたいところですが、少し意図しない動きにもなってしまっていたり、反省している部分もあります。

①は、メンバーが参加してくださると達成
②は、夏を乗り越え、メンバーの疲れた表情が減ったような。。
③は、初年度の売上目標は今のところ7月、8月、9月で達成。しかし工賃分配を毎月にするというところは押し切れませんでした。少し弱気になり過ぎました。
④は、お願いすると思い描いていた作業ができるメンバーが増えてきました。メンバー個々では、室内作業や日常から苦手な箇所が共通していたり、サポートするにあたってさまざまな角度から見えるようになってきました。

ちなみに、農業を成功させるために必要なことは、生産よりも出荷し、現金に変えられるかが最大の課題です。

まだまだ農業×福祉のカタチは道半ばです。

今のところ生活クラブ生協のくらぶルーム「リアン」をメインに出荷
埼玉ワーカーズコレクティブ連合会への出荷
目白大学での試験販売などをやっています。
また、K米店からも野菜販売について話をしたところです。

実は、除草まで十分に手が回らない。芽かきや誘引作業が終わらないなどもあります。
野菜作り、地域環境の保全など興味ある方がいたら、ぜひボランティアとして関わっていただけたらと思い。
ボランティアの受け入れ体制も行っていきたいところです。

ひな野菜も完売できれば、もっと工賃アップへつなげていくことができます。

また、次のステップとしてA型作業所への移行も計画しています。

一般就労の道はまだ厳しい状況にあります。
ならば、きちんと労働の対価として最低賃金以上を保障して、精神障害年金+賃金で、何とか自分らしい生活を送れるようサポートできる環境を作りたいと思っています。
また、グループホームなど家族と一緒にいるから症状が改善しないケースもあると思うので、そういったサポートもできるようにひなの事業も展開していく必要があると考えています。

農業×福祉のカタチを一過性のものにしないよう、自分の培ってきたものを「作業所ひな」に活かしていきます。


なぜ「戦争法案」か。など。

東武アーバンパークライン(野田線)の東岩槻、岩槻、豊春の各駅で、定例の駅頭行動を行いました。いわつきの声181号を、佐藤征治郎前県議(現社民党埼玉県連合代表)と党員の仲間のみなさんと共に配布。

 岩槻は、征治郎さんが40年も続けてきたこともあり、たくさんの方がチラシを受け取ってくださいます。が!いつもより多くの人が受け取ってくれます。高校生も大学生も、いつもスルーしていく、おじちゃん、おばちゃんも。チラシを多く持って行っても足りませんでした!

 それだけ、国民は、いわゆる戦争法案に反対ないしは、関心を寄せているということではないでしょうか。

 集団的自衛権は、週刊誌や自公連立政権が強調する「中国や韓国脅威論」は直接関係がありません。いわゆる戦争法案は、日本周辺で想定される、竹島や尖閣諸島、北方領土の防衛力を直接的に強化するものではありません。現在でも個別的自衛権は認められ、専守防衛で万が一攻撃が加えられれば、防衛行動を起こすことができます。いわゆる個別的自衛権の範囲内で対処できるということです。したがって、集団的自衛権は日本の「周辺事態」に対処することに、直接関係がありません。

 その証拠に、「周辺事態」を「存立危機事態」「重要影響事態」と変更したことで、地理的制約が無くなりました。つまり、日本周辺の有事に備えるのではなく、「2つの新事態」が発生したら、シリアでもパレスチナでも、アフリカでも自衛隊を派遣することができるようになります。

 また、集団的自衛権は日本の防衛に直接関係がないため、「抑止力」という間接的な部分をアピールしてきます。国民が勘違いしているのは、「日米ドウメイ」があると思わされていることです。本来は、日米安全保障条約であり、アメリカの日本に対する「防衛義務」はそもそもありません。アメリカにとって日本は戦略上重要な基地の拠点に過ぎず、沖縄にはその負担が重くのしかかっています。私たちが思い描く「抑止力」は、決して日本の防衛に直接的に作用するものでありません。もし、それを強化するのであれば、この戦争法案ではなく、むしろ日米安全保障条約を変える必要があります。もちろん、集団的自衛権は違憲ですので、憲法を変えることなしに、条約改定もできるはずがありません。

 この平和安全法制という一括法案は、論点を単純化させ、強行採決の数を減らし、政権に対するダメージ軽減策の側面も否定できません。10本以上もの重要な法案を一括で審議してしまうには、あまりにも審議時間が短か過ぎます。日本の戦後70年の歩みを変える歴史的大転換点だからこそ、もっと慎重に審議するべきです。

 この法案の「目的」は、平和や安全、国際貢献と謳うことができます。しかし、本当に問題なのは「手段」です。戦争法案だという理由は、「目的」にあるのではなく、その「国際紛争を解決する手段」として、戦争で相手を打ち負かし、勝利することで問題解決するところにあると考えています。

 「2つの新事態」が起これば、自衛隊を海外へ派遣し、武器ではないとされる手りゅう弾や弾薬、ミサイル(核)を輸送し、補給することができます。このように、後方支援という形で、外国の軍隊と一体となって、平和のために?正義のために?武力行使を行い、戦争という国際紛争を解決する手段を行使できます。できなかったはずの戦争を可能にする法案を、「戦争法案」と呼んでどこに問題があるのでしょうか。

 日本国憲法には、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として、永久にこれを放棄する。前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」とあります。国際紛争を解決する手段として、戦争は永久に放棄することを日本国民は掲げています。

 もし国際紛争を「戦争という手段」で解決したいのであれば、憲法改正をしなければ、できないことになります。権力者や政府の暴走を抑え込むために憲法があるという立憲主義に立つのであれば、安倍政権が提出した戦争法案には、反対せざるを得ません。だからこそ、元最高裁長官、弁護士会、200名9割を超える憲法学者が「違憲であり反対」と指摘するのです。
 立憲主義に立って、社民党は、護憲政党を貫き、それに反するものはきちんと選んで反対してきました。反対にはかならず理由があり、何でも反対といったレッテル貼りはいかがなものかと思います。でも、いいんです。レッテルを貼ってシンボルを作って、争点を見えやすい形にして議論する。政治では当たり前の事なのですから。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


さいたま市は災害対策万全か?

こんばんは。松本しょうです。

今日は、避難場所準備委員会に、情報班副班長として参加してきました。

委員の顔合わせと避難場所である体育館の見学、防災倉庫の確認。

小溝東自治会の要望として、物資の配布など予算で参加人数を制限するのでなく、とりあえず訓練に参加したいかどうか。
また、提案として、2㎡をテープで仕切るより、ブルーシートに予め貼っておくなど別の手立てがあるのでは。などがあった。

そもそも連絡手段や手続きが不明確で、行動方針が口頭での確認とどまっている。

さらに、市立小中学校と異なり、北陵高校の生徒は市民だとは限らない。
鉄道の状況などでは、帰宅困難な生徒も出てくる。
また、豊春駅から帰宅できなかった人の受け入れなども想定される。

少しの時間話すだけでも課題が噴出した。

しかしながら、市の担当者は、あくまで防災担当ではなく、避難場所担当。

昼間は、主に校長、教頭、事務局長さんと自治会がメインで担当。
夜間や休日は、市の職員さんと自治会がメインで担当。

さいたま市は、どの程度の災害を想定し、そして、どのように対処していくのか。
その具体的な行動方針が少なくても、北陵高校に避難する小溝と小溝東自治体のところでは皆無だ。

自助、共助を強調すれば、コストは削減できるかもしれない。しかし、自治体は株式会社ではない。
効率的に自治が行われなければならないが、決して、いのちを守るための政策である公助をおろそかにしていいはずがない。

311で、想定外を作ったのであれば、やはり直下型地震などを想定し、防災対策は万全にしておかなければいけない。
引き続き、委員の一人として課題を探し、自治会、市・区役所などへのヒアリング等を行っていきます。


今日は地元で。

今日は、地元の小溝東自治会の総会に出席。
まぁ、よくある感じで、終わるかと思いきや。。
防災倉庫の更新に関して、異議ありとなりやりとりが続きました。

地域の課題や年間計画を確認しました。
避難所準備委員の情報班に所属することになっていたので、自治会の役員さんを把握しない訳にはいかない!もっと、地域を知り、課題を見つけ、解決に向けて活動していきます。

その後、時間が伸びてしまいほとんど参加できませんでしたが、
元荒川をきれいにする会の総会に参加。

広報関係の役割をいただきました。
日々の活動だけでなく、ポスターやチラシの作成を担当していきます。

夜は、自治会の草刈りボランティアに手を上げていたので、その会議に参加。

明日は、手伝い仕事で池袋へ。
手伝いだからいいものの。
派遣労働の実態を見せつけられています。
民社国連立政権時代にかけた規制も最初の契約の場面では出てきました。
しかしながら、実際に働く人はどうなのだろうか。
手伝いだから、ピンポイントになっているのだろうか。
体験取材を続けます。


戦争法案NOを訴えスタンディング

CFHPDU4V

今日は、岩槻ではなく、人のたくさんいるであろう埼玉スーパーアリーナへ試しに行ってみました。そうすると、おー西野カナのライブがあったようでたくさんの人。個人的には、前向きなの方が曲が好きw

選挙を手伝ってくださったhiroさんとともに、スタンディングです。最大でA3だったので、文字が小さく読めなかったかもしれません。すいません。

今回は初めての試みで、方法も場所も何もかも手探り。これからどういったカタチで広げていこうか考えています。一緒にメッセージ掲げてくださる方、大募集中♪そのうち埼玉社民ユースのメンバーには声をかけようと思います。左の腕には、腕章が!(見えないw)こいったガーじゃない行動を岩槻でもやろうと思います!夜の岩槻駅や東岩槻駅でやろう。(ガーもやりますが!)

近況報告。仕事が決まったと思ったら、振り出しに戻ってしまい。就職活動が続いています。まだ、継続して活動ができない、思っているものをカタチにできないなど、歯がゆい日々が続いています。

下のプラカは調子に乗って、想いはいれましたが、ポコポコつくってしまいました。

憲法9条は時代に合(灰)憲法9条は時代に合(青) 憲法9条は時代に合(桃) 憲法9条は時代に合(緑) 憲法9条は時代に合(橙) 憲法9条は時代に合


政治スクール、そして官邸前へ

日付をまたいでしまったので、おとといとなってしまいました。

歓迎会も開いていただき、内定が決まっていた就職先が急きょ採用できないとなって振り出しに戻ってしまいました。

今は、友達に手伝ってと言われ、実際の現場がどうなっているのかを知ると同時に、来月の生活費を稼ぐためにピンポイントで派遣の仕事に行っています。前県議・市議にも目をかけてくださり、県連、仲間をはじめたくさんの方に支えられ、前を向いて日々の活動を行っています。

また、後援会の方のところへ挨拶に伺うと、「まだ若いんだから」「次頑張れ」と温かい励ましの言葉をいただいています。本当にありがとうございます。看板もそのままでいいよと本当にたくさんのご協力をいただいています。

おとといは、手伝い仕事を済ませ、次の日の予定がはっきりせず時間ができました。福島さんの政治スクールに参加しました。お誘いいただいていたのですが、不確定な毎日なため急きょの参加となってしまいました。すいません。

たくさんの人が集まり、耳を傾けるとともに熱い想いをぶつけていました。戦争法案の閣議決定の話題にはじまり、原発の問題、残業代ゼロ法案など、多岐にわたりました。佐藤あずさ八王子市議、いじち恭子多摩市議、中江みわ小平市議も参加でした。当選の勢いそのままに熱いメッセージでした!

閣議決定や記者会見はニュースが流れていて、仕事が終わって何もせずに帰るのかと思いました。

でも、政治スクールに参加して、請願デモ→官邸前デモと参加し、声を上げてきました。

この声をどう広げていくかを考えなければいけない。行動しなきゃいけない。そんな課題を胸に帰路につきました。新たな出会いもあり、これからの活動につながる一日となりました。