なぜ「戦争法案」か。など。

東武アーバンパークライン(野田線)の東岩槻、岩槻、豊春の各駅で、定例の駅頭行動を行いました。いわつきの声181号を、佐藤征治郎前県議(現社民党埼玉県連合代表)と党員の仲間のみなさんと共に配布。

 岩槻は、征治郎さんが40年も続けてきたこともあり、たくさんの方がチラシを受け取ってくださいます。が!いつもより多くの人が受け取ってくれます。高校生も大学生も、いつもスルーしていく、おじちゃん、おばちゃんも。チラシを多く持って行っても足りませんでした!

 それだけ、国民は、いわゆる戦争法案に反対ないしは、関心を寄せているということではないでしょうか。

 集団的自衛権は、週刊誌や自公連立政権が強調する「中国や韓国脅威論」は直接関係がありません。いわゆる戦争法案は、日本周辺で想定される、竹島や尖閣諸島、北方領土の防衛力を直接的に強化するものではありません。現在でも個別的自衛権は認められ、専守防衛で万が一攻撃が加えられれば、防衛行動を起こすことができます。いわゆる個別的自衛権の範囲内で対処できるということです。したがって、集団的自衛権は日本の「周辺事態」に対処することに、直接関係がありません。

 その証拠に、「周辺事態」を「存立危機事態」「重要影響事態」と変更したことで、地理的制約が無くなりました。つまり、日本周辺の有事に備えるのではなく、「2つの新事態」が発生したら、シリアでもパレスチナでも、アフリカでも自衛隊を派遣することができるようになります。

 また、集団的自衛権は日本の防衛に直接関係がないため、「抑止力」という間接的な部分をアピールしてきます。国民が勘違いしているのは、「日米ドウメイ」があると思わされていることです。本来は、日米安全保障条約であり、アメリカの日本に対する「防衛義務」はそもそもありません。アメリカにとって日本は戦略上重要な基地の拠点に過ぎず、沖縄にはその負担が重くのしかかっています。私たちが思い描く「抑止力」は、決して日本の防衛に直接的に作用するものでありません。もし、それを強化するのであれば、この戦争法案ではなく、むしろ日米安全保障条約を変える必要があります。もちろん、集団的自衛権は違憲ですので、憲法を変えることなしに、条約改定もできるはずがありません。

 この平和安全法制という一括法案は、論点を単純化させ、強行採決の数を減らし、政権に対するダメージ軽減策の側面も否定できません。10本以上もの重要な法案を一括で審議してしまうには、あまりにも審議時間が短か過ぎます。日本の戦後70年の歩みを変える歴史的大転換点だからこそ、もっと慎重に審議するべきです。

 この法案の「目的」は、平和や安全、国際貢献と謳うことができます。しかし、本当に問題なのは「手段」です。戦争法案だという理由は、「目的」にあるのではなく、その「国際紛争を解決する手段」として、戦争で相手を打ち負かし、勝利することで問題解決するところにあると考えています。

 「2つの新事態」が起これば、自衛隊を海外へ派遣し、武器ではないとされる手りゅう弾や弾薬、ミサイル(核)を輸送し、補給することができます。このように、後方支援という形で、外国の軍隊と一体となって、平和のために?正義のために?武力行使を行い、戦争という国際紛争を解決する手段を行使できます。できなかったはずの戦争を可能にする法案を、「戦争法案」と呼んでどこに問題があるのでしょうか。

 日本国憲法には、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として、永久にこれを放棄する。前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」とあります。国際紛争を解決する手段として、戦争は永久に放棄することを日本国民は掲げています。

 もし国際紛争を「戦争という手段」で解決したいのであれば、憲法改正をしなければ、できないことになります。権力者や政府の暴走を抑え込むために憲法があるという立憲主義に立つのであれば、安倍政権が提出した戦争法案には、反対せざるを得ません。だからこそ、元最高裁長官、弁護士会、200名9割を超える憲法学者が「違憲であり反対」と指摘するのです。
 立憲主義に立って、社民党は、護憲政党を貫き、それに反するものはきちんと選んで反対してきました。反対にはかならず理由があり、何でも反対といったレッテル貼りはいかがなものかと思います。でも、いいんです。レッテルを貼ってシンボルを作って、争点を見えやすい形にして議論する。政治では当たり前の事なのですから。

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