74年後の「私たち」

 広島に原爆が投下されてから、74年という年月が経ちました。
 未だに核兵器はなくなっていません。多くの生き物の「いのち」を一瞬にして奪うことのできる兵器はどこの国であっても保有してはなりません。


 日本は、唯一の被爆国として、核兵器禁止条約に、署名し、批准すべきです。
 広島、長崎を直接知る人は少なくなっています。しかし、福島第一原子力発電所の事故を通して、私たちは核の脅威を目の当たりにしています。未だに廃炉の見通し、故郷に帰れない人たちがたくさんいます。人類と核は共存できない、「核の平和利用」という言葉を改めて深く考える必要があるのではないでしょうか。


 本当の平和とは、核が、兵器が、軍隊が無くとも私たちが暮らしていけること、そこに搾取や差別や貧困が無い社会をつくることだと考えています。


 言い添えておかなければならいないことがあります。広島、長崎の原爆、沖縄戦、埼玉で言えば熊谷の8月14日の空襲という悲惨な状況がありました。しかし、これは被害国の「私たち」という感情です。これは同時に、アジアの諸国を侵略し、搾取し、殺めてきた加害国の「私たち」でもあります。「私たち」の苦しみと同じ感情を抱かせてしまった「私たち」でもあるのです。被害の歴史を強調し、加害の歴史を薄めていこうとする無責任な政治姿勢には断固として対峙します。歴史を都合よく変えたり、解釈してはなりません。もし認識が違うのであれば、共同調査・研究など行い相互理解を深める必要があると考えます。74年後の多くの「私たち」には、実体験がありません。伝聞や映像、絵画などを頼りに、想像力と共感力をもって、平和を求めていくしかできません。


 私、松本しょうは、平和主義を一歩も後退させず、基本的人権を一つも減らさずに、平和憲法を次世代へと引き継いでいく決意です。


埼玉社民ユース代表 松本しょう